最近の設備投資とその成果

これで


ベーグルが作れる。

さすが俺の嫁!!
| - | 16:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
三連休(コニカミノルタ満天・仕事・野口白汀遺墨展)
三連休が終わろうとしています。社会復帰にはなかなかの休日は配置かとは思いますが、世の中には決算対応で仕事している方々もいらっしゃいますのであまり浮かれすぎてもいけません。

〈初日〉

初日は嫁さんが出かけていたので家で掃除でもしようかと思ったのですが、あまりの寒さと前日終電まで仕事していたのがたたって半日昼寝していました。が、夜には久しぶりにプラネタリウムを見に池袋まで出かけてきました。


サンシャインの屋上にコニカミノルタ「満天」というプラネタリウムがあります。ぼくはかねてより坂本真綾ファンのため、彼女がナレーションを務めるプラネタリウムをここで上映しているということでチェックしておりました。今回は「夜空の星物語」という題目で、星にまつわる言い伝えなどを聞きながらぼんやり星を眺め、かつ場内に癒しのアロマが漂うというプログラムをやっており、これを見に行ってきました。

サンシャインといえば水族館がリニューアルしたばかりですが、敷地という意味ではプラネタリウムはほぼ隣接しています。収容人数200人程度の小ぶりなもので、20時からの回に行ったのですが開場間際には空席なしの状態でなかなかの盛況ぶりでした。

プログラム自体は坂本真綾なぞ知らない人が行ったら「???」という感じだったかもわかりませんが、まあまあ可もなく不可もなく、試みとしてはなかなか面白いものでした。そもそもプラネタリウムなんて十年以上ぶりに行ったのでそういう新鮮さは非常にありました。けっこう気軽にこれからも行ってみようかな。

池袋はごみごみしていますが買い物にも遊ぶにも新宿や渋谷とは一味違ったものがあります。

〈二日目〉

しゃもぢさんは残念ながら決算対応のため出社。でもさっさと帰りました。

〈三日目〉

今日は大学時代の友人と、当時お世話になった野口白汀先生の「遺墨展」があるということで見てきました。


上野の森美術館です。白汀先生はぼくが大学の頃に所属していた書道サークルの顧問を務めていただいた書家の方で、残念ながら2007年に亡くなりました。熊谷のご実家に伺って直接にお話をさせて頂く機会もあったりしたもので、その頃の自分が触れ合うことのできた数少ない芸術家の先生でした。

作品はもちろんぼくたちがよく知っている2000年代以降の少数字大書作品だけでなく、それ以前の30代、40代の頃の作品もあり、その変遷を見るのもまた面白いものでした。懐古主義ではなく、一つの個展として、今ここにある作品として対峙したいと思い、じっくりと鑑賞をしました。蘭亭序の中にものちの少数字に通ずる筆さばきを垣間見たり、「回」や「行」の画面を黒ぐろと覆う墨に圧倒されたり…。

それでもやはり毎日書道展や銀座での個展で展示されていた作品などは、ぼくの記憶にもちゃんと残っていて、懐かしむ気持ちもなかなか隠すことなどできぬものでした。実際に使われていた筆や硯などが展示されているのも、「遺墨展」ならではということなのでしょう。

会期は今週金曜までと短いので、関係者で未見の方はぜひ。
| - | 22:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
謹賀新年



去年も色々とありましたが(世間的にも個人的にも)、今年はさらにいろいろあると思います。当ブログは学生時代の最後辺りからずっと書き続けていますが、相変わらず、変わらず、今年もいろいろなことを書き残していきたいと思います。

本年もfull-time life blogをよろしくお願い致します。

朝から千寿久保田でへべれけです。
| - | 10:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
カレー


嫁さんより一足早く冬休みとなったのでカレーを作りました。

ちなみにぼくは大学時代実家暮らし→入社してから食堂付きの寮→結婚、という経緯を経ているので料理などしたことありません。これから色々とチャレンジしていきたい。自炊できると老後も困らないというし……!
| - | 22:46 | comments(2) | trackbacks(0) |
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』
 を、読みました。

なんといっても、昨年末くらいからNHKの「白熱教室」として紹介されてよりブームが続いているマイケル・サンデル。氏の著作の文庫化ということで、本屋で手にしてすぐに購入しました。

一連のブームはぼくたちに二つのことを教えてくれた、あるいは衝撃であったと思います。

一つは氏の教授スタイル。あれだけの大規模な講堂で対話を軸にした授業を展開する技術には舌を巻くものがあります。日本の大学で同じ規模のマスプロ授業であれば教壇にあれだけの訴求力を持たせるのはほぼ不可能です。いえ、むしろ「不可能だ」と考えてしまうことがとんでもない先入観、諦めもいいところだということに気付かされる、そのことのはっきりとした反例を目の前で展開されたそのことが多くの人にとって衝撃だったのだと思います。

氏が学生に対して活発に問いを投げかける。それに対して周りの数に臆すること無く、あるいはこんなことを言ったら笑われるのではないか? などといった無駄な遠慮もなく討論が始まる。氏はきちんと一人一人の名前を確認して、フィードバックも活発に行いながら議論を誘導していく。シナリオなんて存在しない。議論をするということそのものが授業として成り立っている。このことを稀有な例として受け止めてはいけないのでしょう。このことが、マスプロであっても可能だということにぼくたちは気が付くべきなのでしょう。

そして大学教育とは、あるいは哲学をするという本当に原初の営みというのはギリシャの哲学者たちが行ったように対話を基軸とすべきだということを教えられます。哲学とは、誰かの考えたことをノートに書き写すことではなくて、目の前にある問題に対して仲間と議論をすることなのだということを、あの番組を通じて知ることができます。

もうひとつは、「公共哲学」というものが語られる素地が日本にはまだまだ不足していることを否が応でも認識させられることです。本を読み進めるに連れて、アメリカという国がいかに「市民」であること、自分が合衆国を形成する一員であるということを各人に自覚させるかがわかってきます。国の成り立ちが違うのですから、そもそも「公共」を議論の対象にするということ自体がなにか「寝た子を起こす」という発想になりかねない日本とは違うのかもしれません。けれど、現代という時代においてはむしろ各人のコミュニケーションが薄れ、地域の共同体も弱体化しているということは日本においても事情は同じです。この本では「公共」を語る「言葉」についてしつこく解き明かしています。非常に論理的です。ケネディの言葉、オバマの言葉……政治家たちが国民に対してなにが大切でなにが大切でないかを語ったその言葉に対して検証を加えていきます。

今の日本でそんなことが可能でしょうか? 言葉を検証すべき政治家が今、存在するのでしょうか?

一方で、「素地が日本にはまだまだ不足している」などと非評価めいた感想も述べてしまいましたが将来的に不足が解消される楽観的な見通しは全く無く、むしろ今の日本の政治家たちの言葉の不足に暗澹たる思いにさせられます。たぶん、無理でしょう。

と、言っても始まらないので、少なくともぼく自身は自分の言葉を鍛えることをこれからも続けていきたいと思っています……。

今本は、読んで終わってしまってはいけない、色々な問題を提起してくれます。NHKの番組ともどもおすすめ。
| - | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) |

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